Q:すごい音楽はできませんからやめたいです

A:
 なにをおっしゃいます。果たして、何を指してすごいと仰るのですか。

 確かに、クラシックに限らず、超絶技巧の演奏能力を要求される「バイオリン曲」もあります。最善を求め追求した名器を以て、演奏技能はこれ以上ないレベルを修得した大家をしても「完成はありえない」曲目を、どうしてもやらなければオンガクをやったことにならないと信奉しているのなら、それも結構です。

 でも、そんな「オンガク病」に罹患させる為にバイオリンは発明された訳ではありません。

 楽器数ある中で、バイオリンは大発明だと思います。生まれたとたんに広まって、三百年以上も愛され作られ、凄い人数が買い求め使い、いくつかの刃物と万力や型枠を工夫するだけで大工場もいりませんから、これを作って暮らしをたてた人も大勢居ます。製作者名鑑に名が載らない作家のほうが遥かに多く、楽器としての性能は優劣こそありますが、どれも歌を奏でる機能は変わりません。
 保守を取っても、仮令割れても、古来より皆が使った万能の糊であるニカワで貼ってあるだけですから、「F穴から湯を注いでばらして、ワレの裏に木切れを貼ってまた貼り戻せば使える(実話)」という人だって、私が何人も見ているくらいだからきっと沢山いるんです。指板の一部が、いつも同じ曲を好んで弾いていたが為に削れて沈み、音が眠たくなったから「かんなでならした」人はそこら中に居ます。こんなことは、同じ木造だからといってクラリネットやオーボエに施したら全損です。ギターの指板だって、カンナで平らにならせる程シンプルではありませんね。
 音域は、ソプラノ音域ではありますが普通人が思い付く節回しを第一ポジションの音域だけで奏でるに充分ですし音量も満足出来るだけのものを誰でも苦労しなくても発揮出来ます。
 大体、持って歩けます。
 調弦は、6本とか10本とかやらなくても、4本で足ります。
 これが大発明でなくて何でしょうか。

手軽なようなハーモニカは、小さくて持ち運びも楽ですが、普通に謳わせるだけだって結構大変です。ギターは手軽そうですが、何分まだ形になって百年位の新しい楽器なので、レパートリーという段階に至る前に現代になってしまった為、適用のジャンル分けが出来てしまっていろいろな派生楽器が現れて、取掛かりにそれなりの入口選びが必要で、始める前に悩んでしまうものでもあります。そういうのに比べてバイオリンは、生まれた時代が良かったのか、コレ出来れば何でも出来るよという楽器になって今だにあるのです。

多分、バイオリンはたいへんだ、と思う切っ掛けは、難しい奏法にぶちあたったからというのが多いはずです。「仕事が忙しくて弾けない」といっても、一日に5分位気に入った節を鳴らす程度はできるでしょ。言い訳には稚拙が過ぎます。

 バイオリンは大変奥深い幅広い受容力をもってしまっています。なんでもかんでもがレパートリーになるだけならまだしも、本来「運指で出ない」音域迄出せるので「譜記」されている楽曲もあります。ハーモニクスがそれを可能にしているので、良く知っている作曲者は取り入れて、上級の作品として売り込むんです。バイオリンを肩と顎で挟んで支えれば固定させられ、自由な運指ができることに気付いた演奏家や作曲家は、その性能を劇的に引出しましたから、クラシックのナンバーにはスゴイ音楽がいっぱいあり、しばしば耳にし、映像にも触れます。

じゃ、それがなんだと思われますか。芸術の一つであり、鑑賞すれば良いのです。

楽器の性能が伴わず、思うようにハイポジションがこなし切れないとか、ハーモニクスが旨く出ない、勿論修得し得ない、し切れないことも含め、いやまたもっと戻って、音階が旨く決められないとなったとて、なにもソレが出来なくても投げ出すことはありません。音楽性という個々のもっている才能を、独自の形で見せることが出来るだけの包容力も持っている楽器なのです。

かく悩む初心者さま方の中には、普段使っている教本の練習曲が、今ではあまり覚えのない、或いはもともと馴染みがなかった童謡だったりするのに抵抗があって楽しくないという意見か苦情か良く分からないお話も、実によ〜く耳にします。音を安定させ運指を確かなものに育てる為と、音楽に向かい合う緊張の持続性を培う為に、童謡のもつ4コマ漫画的進行と長さは必要なのです。だから試しに別の教本の同じレベルのものを買ってみたりするとどうでしょう。著者が外人だったりしたら、割に「マザーグース」まあ結局はアチラの童謡なんですが、趣向が変わって楽しめます。

誰もやめることを考えてものごとに取り組んだりしません。もしそうなら誰一人何の事業も起こさないからこの世はとてもつまらないでしょう。楽器なんて、損も得もないことだから何時でもやめられます。でも、だからこそ、やめないことも簡単です。

あれこれネタをとっかえひっかえやって、続ける方が楽しいです。自分のやる音楽が、スゴイ、と舞い上がってしまえる位の気持ちになってやりましょう。

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